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駅で酔ってジェラートで恋 [書を捨てよ世界に出よう・60年代バックパッカー編]

さてローマである。ユーレイルで移動につきテルミニ駅からローマに入った。喉が渇いたので到着してすぐに駅構内でコーラーを注文する。一気に飲むや心臓がバクバクして、顔がかーっと赤くなった。アルコールだったのか?!(飲む前に気付け。)どうやらコークハイだったらしいのだが、注射前のアルコール消毒で酔うレベルゆえ酔いを醒ますのも時間がかかった。

「ほら、以前カキ氷に蜜だと思って間違って石油かけて食べてたこともあるから。」(食べる前に気付け。っていうか燃えるぞ脂肪。究極のダイエットだな。)

ローマではそれなりに観光地を周ってみた。バチカン市国にも行った。でも印象に残っているのはやはり食べ物関連で・・・ジェラートを買う列に並んでいたら大学生くらいの青年が自分のぶんと別にもう一つを買って渡してくれた。そして颯爽と立ち去った。

「本当に普通にハイって渡して去って行ったんだけど結構素敵だったのよ、インテリな感じもしてね。」

と目をハートにしてのたまった。恋する大和撫子、単に子供に間違われただけ説に一票。

さて一ヶ月半にわたるバックパッカー旅もローマにて終了。ローマからアリタリア航空で羽田に飛んだ。

久しぶりの日本。食に生きる大和撫子がまずしたこと。それはラーメンを食することであった。所持金などには目もくれずとりあえずラーメンを食べた。満足。さて帰るか・・・とお金がないことに気付く。かろうじて電話をかける小銭だけが財布の中に寂しそうに残っていた。

「すごい心配してくれてたみたいなんだけど、お金が足りなくて電話が途中で切れちゃった。こっちは用件だけ言って迎えに来てくれるまで待ってたの。でも時間があったから空港の中をフラフラしてたら結構探したらしくてすごく怒られちゃった。」

母が兄の運転する車で迎えに来てくれた。帰宅すると候文の手紙を送ってくれた父が喜んで迎えてくれた。こうして迎えられて嬉しかったが、もっと旅を続けていたかったというのが本心である。帰宅後しばらくの間はカンツォーネを聞くと泣けて仕方なかった。虎視眈々と次の機会を狙ったいたのだが、この後海外旅行をすることはあっても、刺激的なバックパッカー旅をすることのないまま今に至っている。

 

60年代バックパッカー編、いかがでしたか。旅の参考にも何にもならない内容でお届けしましたが、観光地の話題ははっきり言って無いです。1に食べ物、2に食べ物、3、4に食べ物で5に美男子。バックパッカーの魅力を伝えようにもどうしようも無いです。まあしいてあげるなら自然体で楽しもうってことですかね。

「やりたい事をやって、自分の欲求に忠実に楽しむ。そんな感じかな。悪い事も良い事も全て自分の責任だからね。そこはきちんとわかった上で自分で決めて行動してるから後悔することはないよ。本当に楽しかった。なるべく感性の豊かな若いうちに経験したら良いと思う。またやりたいな。」

だそうです。この人の影響を受けて娘の私もバックパッカー旅をすることになるわけですが、その話は90年代バックパッカー編にてそのうちにお届けしますのでお楽しみに。


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